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第8回「味のある」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「味のある」です。

日本語での「味のある」、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 司馬さんが亡くなって1年、藤沢周平とともに味のある作家がいなくなったなあと思う。

(2) 小渕さんはなかなか味のあることを言う人だった。

(3) 彼はとても味のある文章を書く。

(4) 彼は味なことをやる。

訳例

(1) A year has passed since Mr. Shiba died. We really miss such sophisticated writers as him and Shuhei Fujisawa whose writings had such depth.

(2) The late Mr. Obuchi used to say some intriguing things

(3) He writes in an elegant style.
     He is a very refined writer.

(4) He does things with style.

 

 

 「味」はもともと食べ物や飲み物について舌や喉で感じるものだが、ここで取り上げる「味のある」はこの第一義的意味から転じて(意味拡張-semantic extension)、脳や感覚を含めてより幅の広い経験からくる「味」である。したがって文学、美術、服装やより一般的な行動について使われることが多い。

 英語でいえば taste であり、taste もまた日本語と同じように原義の「味」から style, fashion, manner へと転化し、 grace, polish, elegance, refinement といった意味をも持つようになる。 taste の形容詞は tasteful で、この語もまた graceful, polished, elegant, refined, stylish などといった意味をも表す。「味のある」の英語訳を求めるについても、このような英語の単語が大いに参考になるだろう。「味のある」の「味」も一種の比喩(metaphor)であり、比喩は文化によって違うことが多いが、「味」の場合は、身体的というかより直接的に人間的なもののゆえに、文化の違いを超えて共通の表現が多いのだと思う。しかし、日本語の「味のある」はきわめて主観的な表現であり、その意味するところはしばしば曖昧でもある。いろんな言い方が可能だから、あまり神経質に考える必要はない。

用例 (1) は、作家の藤沢周平と同郷である、当時の自民党幹事長 加藤紘一氏がある会合で行なった講演の一節である。「今後の政治情勢」と題しての話だったが、幅広い教養を持つ加藤さんだけに、文学についてのコメントも出てきた。突然このような口語的な表現に出会ったときは、戸惑うことなく「当たらずとも遠からず」の訳をすることが大切だ。同時通訳をしていた私は、“We don't have such fine writers as Shiba and Fujisawa these days.” と訳した。「味のある」の訳としてfineはぴったりではないが、同時通訳者の役目は果たしたと言えよう。

しかし、藤沢作品の愛読者である私としては、とりあえずの訳だけではすまされない。あの文章の「味」をどう英語で表現したらいいかと考えたのが、訳例 (1) である。 sophisticated という形容詞を選び、最後に to have depth をつけ加えた。念のためという感じで、 whose  以下はなくてもいいだろう。

用例 (2) は、故 小渕首相についてのあるジャーナリストのコメントで、 intriguing とした。「興味をそそる」といういい意味の形容詞である。 interesting でもいいだろう。(3)、(4)  はより一般的な用例である。ともかく意味の幅の広い表現だから、訳者の想像力を生かしていろんな言い方をしてみたら面白いと思う。

「味のある」表現色々

“cultured”

“elegant”

“graceful”

“polished”

“sophisticated”

“to have depth”

“discriminating”

“interesting”

“intriguing”

“refined”

“tasteful”

“with style”

 

次回の表現

次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「カッコいい」です。

「あんなカッコいい車を持っている人がうらやましい」などとつぶやいてしまうような昨今ですが、さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?

次回、お楽しみに!

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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