同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第9回「カッコいい」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「カッコいい」です。
若い人たちに好んで使われる一種の流行語ですが、英語でどのように表現したらいいでしょう?
日本語での使用例
(1) 片手だけ手袋がカッコいい、と思った (両手に手袋をするのはダサイ)。
(2) われわれ GM (General Motors) は、グローバルということがカッコよかった前からグローバルだった。
(3) 若い人たちが、毎日楽しく、豊かに、カッコよく会社にこられるようにしたい。
(4) カッコいいことばかりは言っていられない。
(5) こういうカッコのいい会合になぜ私のようなカッコの悪い人間が話をすることになったのか不思議に思われるでしょう。
訳例
(1) I felt that one glove was cool. (Wearing two gloves seemed so ordinary.)
(2) We GM were global, before global was cool.
(3) I would like to manage the company so that young people can work there feeling satisfied, well-off and fashionable.
(4) We cannot always say nice things.
(5) You may wonder why such an ugly person like me was asked to speak in a gathering of such trendy people.
「カッコいい」という言葉が一般に使われるようになったのは、あまり古いことではないと思う。国際会議などで始めてこの表現を聞いたのは、1970年代前半だった。その頃は groovy と訳していた。しばらくして cool が「カッコいい」という意味で使われるようになり、一躍流行語になった。最近の英和辞典には cool: カッコいい、流行の と出ているが私の持っている1956年版の研究社英和大辞典にはこの意味はまだ出ていない。
英語の cool がこの意味で使われるようになったきっかけは、私は cool jazz ではないかと思う。Cool jazz はhot jazz や bebop に対して1940年代の終わり頃に人気を得たより静かで抑制のきいたジャズの演奏法で、代表的プレーヤーはなんといってもマイルス・デヴィスだ。彼の有名な “Birth of the Cool”(クールの誕生)は1957年の発売である。こうして cool:カッコいい という用法が定着したのではないだろうか。
用例 (1) は、亡くなった人気歌手 Michael Jackson の自伝 Moonwalk からの引用だ。彼はステージで歌ったり踊ったりするとき、しばしば右手だけに白い手袋をはめていた。それが彼にとっては「カッコよかった」のだ。この cool と先に触れたgroovy はいわばアメリカ産のcolloquial expressions(俗語)だ。Cool の反対語として訳例 (1) のように ordinary が使われている。この場合の ordinary は、boring, commonplace という意味である。日本語ではまさに「ダサイ」だろう。
用例 (2) は、GM の Richard Wagoner Jr. 社長が1999年に来日した際の記者会見から取ったものである。最近トヨタが自動車生産で世界1になったが、それまでは長いこと GM がダントツのナンバーワンだった。Cool とは少しニュアンスが違うが、fashionable, trendy も「カッコいい」の訳語として使える。訳例 (3)、(5) ではこの二つを使ってみた。用例 (5) は、CAIS(通訳技能向上センター)の例会で多くの若い通訳者(ほとんど女性)の前で特別講師の G. Clark さんが(日本語で)言った言葉だ。この場合は反対語として ugly が丁度いい。「カッコいい」のもとである「格好のいい」は、good-looking という意味だから。
「カッコいい」表現色々
"attractive"
"cool"
"fashionable"
"good-looking"
"groovy"
"neat"
"nice"
"sharp"
"trendy"
"out of this world"
次回の表現
次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「うらむ」です。
日本のホラーは、海外でも人気と言われていますが、その中でも「うーらーめーしーやー」とは、まさに日本的な恐怖を演出する言葉だという感じがします。
さて、この言葉。あなたなら、どう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。