同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第7回「先送りする」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「先送りする」です。
日本語での「先送りする」、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 政策の先送りはやめよう。
(2) 資金不足のため、工事開始は先送りすることにした。
(3) これについての決定は先送りにしよう。
(4) 彼は難しい問題があるといつも先送りする。
(5) 中国は、もし台湾が統一交渉を先送りし続けるなら、武力を行使すると公言した。
(6) 理事会によってこの問題は先送りになった。
訳例
(1) Let us not postpone policy decisions.
(2) The construction was put off to a later date due to the lack of funds.
(3) Let us not decide on this matter for now. We can do it later.
(4) He tends to procrastinate when faced with a difficult problem.
(5) Mainland China vowed to use force if Taipei continued to delay holding talks on reunification.
(6) The decision on this matter was put on a back burner by the board.
この言葉が一般的に使われるようになったのはいつごろからだろう。たとえば、私が持っている『国語大辞典』(小学館、1981年発行)には出ていない。あまり古い言葉ではないのではないだろうか。このコラムをご覧の方々の中でご存知のお方がおられたら、教えていただけたらありがたい。私の記憶では、1980、90年代から政治や経済の分野で盛んに使われるようになった。1980年代の日米貿易交渉で、日本側の大幅な黒字が続いているのに対してアメリカ側から厳しい苦情や要請が出されたとき、よく使われたのが too little too late という英語の表現だった。「(努力や行動が)少なすぎるし遅すぎる」という意味だが、日本語の「先送り」によく似ているように思う。
用例 (1) が典型的な使い方だろう。ただ単に「時期を延ばす」というだけではなく、「今やるべきことをやらないで、意図的に先に延ばす」というニュアンスがある。したがって、 to avoid (taking actions) immediately… などと言い換えることもできるだろう。用例 (3) もこれに近く、 not (to do ~), do it later と丁寧に訳してある。用例 (2) はもっと単純な「延期」である。したがって英語としては put off, postpone, defer が対応する。一番使いやすいのは postpone だろう。
これに対して用例 (4) は、とかく先送りする傾向のある人についてのものだ。「ぐずぐずする」という感じだ。これに対する英語は procrastinate (名詞は procrastination) で、個人や企業の経営上の決定のしかたなどについてよく使われる。そういう傾向のあるひとは a procrastinator といわれる。用例 (5) は to delay を使っている例で、TIME誌の台湾総統選挙に関する記事からの引用である。
訳例 (6) の to put on a back burner は、「後回しにする」「優先順位を下げる」という意味で、特にアメリカ人が好きな表現だ。 back burner を辞書で引くと、 a condition of low priority とある。覚えておいて、使ってみるとおもしろい。
「先送りする」表現色々
“to defer”
“to delay”
“to postpone”
“to procrastinate”
“to put off”
“to put … on a back burner”
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「味のある」です。
「あの寿司屋の大将は味があるねぇ」などとなんともいえない魅力について使ったりするこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。