同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第6回「苦労する」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「苦労する」です。
日本語での「苦労する」、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 彼を説得するのには苦労したよ。
(2) あまり儲からないけど、食べることには苦労しない。
(3) 同じ品質を維持するために、われわれ日本の企業は非常な苦労をしておるのであります。
(4) 私が一番苦労したのは、異文化の人たちにどうやってわれわれの主張を伝えるかということです。
(5) 過去10年くらいの聞に、日本企業は海外の企業をたくさん買収いたしましたが、それには2つの流れがございました。この2つっとも非常に苦労しまして、大変な損を致しました。
訳例
(1) I had to work hard to persuade him.
(2) I’m not making much money, but I don’t have much trouble feeding myself.
(3) We Japanese companies are making serious efforts to maintain the same level of quality.
(4) I had the hardest time to find out how we could make our points understood by people from different culture.
(5) During the past 10 years,Japanese companies acquired a large number of foreign firms. There were two trends regarding these takeovers,and in either case they had many difficulties and lost a lot of money.
「苦労する」も私たちが日常しばしば使う当たり前の表現で、その意味もはっきりしている。英語にするのにも、何ほどの苦労もいらない。しかしこのような平凡な言葉ほどいろいろ違った英語表現が可能である。今回は同じ日本語の言い方をコンテクスト(ここでは「苦労」の度合いなど)によっていろいろに訳し分けることを試みてみよう。このような多様な表現を知ることによって、英語で話す力を高めることができる。
用例 (1)、(2) は日常的な使い方、(3)、(4)、(5) は国際会議やシンポジウムなど公的な場での発言からの引用である。用例 (1) はもっとも口語的な用例なので、英語でも平易な work hard にした。用例 (2) は敏腕検事から福祉活動を中心とするNPOの理事長になられた堀田力氏のスピーチからとったものだ。転職の際の「苦労」がよく出ている。「食べること」で feed という他動詞を使っていることに注意。
用例 (3) は故 盛田昭夫ソニー会長が海外で生産活動を行なう際の「苦労」について語っておられるのだが、この場合の苦労はいわば「必要な努力」であって「難儀」というようなネガテイプなニュアンスはあまりない。そこで英語では、 trouble, difficulty を含む表現は避けて、 to make efforts を使った。用例 (4) は、日本アイ・ビー・エムのトップを長く務められ、IBM本社との協調に苦労された椎名武雄氏の発言である。この場合もいろいろ失敗もあり大変だったことはよくわかるが、あまり悲惨な感じはしない。 “to have a hard time” あたりがいいだろう。
用例 (5) は IR (投資家向け広報活動) に関するシンポジウムでの日本側投資顧問会社幹部の発言である。ここで語られているのは明らかに「苦しく、つらい苦労」である。大変な損をしたのだから。したがって、 to have difficulty があてはまる。 to have trouble でもいい。
このように、「苦労」がニュアンスとして「努力」か「難儀」かによって、trouble,difficultyを使うかどうかが分かれるわけだが、この2つの違いは用例 (2) が示すようにしばしば微妙である。そこで、どれか一つを選ぶとすれば、”to have a hard time” がいいと思う。これなら上記5つの用例のどれにも通用する。
「苦労する」表現色々
“to work hard”
“to have a hard time”
“to make efforts”
“to have difficulty”
“to have trouble”
“to suffer”
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「先送りする」です。
わかっちゃいるのにとりあえず「先送り」して、後々困ってしまうというのは、よく起こってしまう事態かと思いますが、さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。