同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第38回「壁にぶつかる」
最終回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「壁にぶつかる」です。
語学を学習していて上達がなかなか見えてこず、「壁にぶつかる」ことが時々あります。この言葉にぶつかったとき、あなたならどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 長いこと繁栄を続けているアメリカ経済も、そのうちに壁に突き当たるのではないか。
(2) 真価を問われるのは壁に突き当たった時だ。
(3) 労使交渉は壁にぶつかったようだ。
(4) アジアの経済は壁にぶつかったように見える。
訳例
(1) The U.S. economy, which has been enjoying prosperity for such a long time, may hit a wall in due course.
(2) It’s when you are up against the wall that your true character is tested.
(3) The labor negotiations appeared to have reached a deadlock.
(4) The Asian economies seemed to have reached a plateau.
「障害」(obstacle)あるいは「困難」(difficulty)という意味で「壁」が使われるのは英語でも同じだ。したがって「壁にぶつかる」、「壁に突き当たる」はそのまま hit a wall でいける。用例 (1) はその例だ。日本語の比喩的表現がそのまま英語に訳せるというケースは多くないので、これはありがたい。さらにhit a wall に加えて run up against a stone/brick wall という慣用句もある。訳例 (2) の (be) up against the wall は「苦境にあるとき」、「苦しい時」という意味でよく使われる。
「障害」という意味の「壁」に対する同義語としてしばしば使われる英語表現としては deadlock, impasse, stalemate, standstill などがある。前にくる動詞はいずれも to reach ~、「行き詰まる」、「膠着状態にある」という意味で訳例 (3) のように会談や交渉を主語にして国際会議などでもよく耳にするので覚えておくと良い。
これに対して訳例 (4) の to reach a plateau は、ある程度上昇していってから「横ばいになる」ことを意味する (a plateauは上が平らな「台地」)。反対に下降していって底に当たるのが to hit the bottom(「底を打つ」)で、“The economy seemed to have hit the bottom.” のように、景気の動向などについてよく使われる。
「壁にぶつかる」表現色々
"to be deadlocked"
"to be up against the wall"
"to come to a halt"
"to hit a wall"
"to reach a deadlock"
"to reach an impasse"
"to reach a plateau"
"to reach a stalemate"
"to run up against a stone/brick wall"
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。