同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第4回「風通しのいい」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「風通しのいい」です。
比喩を使っている表現の典型的な例の一つです。用例では文字通りの言い方と比喩的な表現を並べて示します。二つを比較して、意味がどう移っているかを見てみましょう。
日本語での使用例
(1) とても風通しのいい部屋ですね。
(2) 少し窓を開けて、風通しを良くしよう。
(3) 風通しのいい組織を作ることが大切だ。
(4) 風通しのいい会社で働きたい。
(5) 風通しのいい政治にしなければならない。
訳例
(1) It's indeed a well-ventilated room.
(2) Let’s open the window a little and let the air pass through.
(3) It is important to build an organization where views are aired freely.
(4) I wish to work in a company where everybody is encouraged to speak out.
(5) We need to bring about open and transparent politics.
用例 (1) と (2) は文字通りの(literary)、物理的に「風が通る」という意味で分かりやすい。そのまま形容詞的に使うには、well-ventilated がいいだろう。Airy, breezy という形容詞もあるが、特に後者はかなり風が強いというニュアンスがあり、部屋の中の感じとしては適当ではないと思う。用例 (2) のように、「風」(the air) を使って、let the air in, let the air (pass) through とすることもできる。おなじ「風」でも “wind” ではないことに注意。wind は「吹く風」で、形容詞の “windy” は「風が強い」ことを意味する。
これに対して用例 (3) ~ (5) は比喩的な (metaphoric) 使い方だ。お気づきのように、実際にはこちらの用例の方が圧倒的に多い。用例 (1)、用例 (2) の物理的な「風」から、より抽象的な「雰囲気」に意味が転用されている。このような意味の移り変わりを「意味拡張」(semantic extension) という。日本語にも多い比喩表現は、すべて意味拡張によって実現される。
用例 (2) から用例 (3) への「拡張」を見てみよう。「風が通っていい気持ち」が「自由に意見が言える雰囲気」に変わっている。この場合の意味拡張は比較的小幅で分かりやすい。英語の “air” にも「雰囲気」(名詞)、「意見をいう」(動詞)という日本語と同じような意味がある。だから、訳例の (3) のように、動詞の to air を使うことができる。用例 (4) でも「自由に意見が言える」という意味をそのまま英語にしてみた。意味を取って形容詞的表現にしようと思えば、open, free, transparent あるいは communicative, informative などが使える。
用例 (5) では対象が政治になっている。これはいつも刺激的な発言をする田中真紀子議員のコメントからとったものである。「風通しのいい政治」とはどのような政治を意味するのかやや意味が曖昧だが、open と transparent を合わせて使ってみた。これなら話し手が伝えようとする意味に忠実だと思う。
「風通しのいい」表現色々
“well-ventilated”
“airy”
“breezy”
“let the air in/through”
“open”
“free”
“frank”
“unreserved”
“communicative”
“transparent”
“informative”
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「けしからん」です。
「けしからん!」と怒号を飛ばす、“昔ながらの日本の親父”を思い起こさせるようなこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。