日本語にはそのままでは英語にしにくい慣用的な表現がたくさんあります。しかし通訳者・翻訳者はどんな日本語でも英語にしなければなりません。意味を探し、ぜひ英語の表現力を広げてください!
第10回は「先取りする」です。先に「何を」取るのか?によって訳が変わってきます。
第10回 先取りする
昨年12月の衆議院選挙は予想通り自民党を中心とする与党の大勝に終わりました。野党側の体制不備をついた安倍首相の作戦成功ということでしょう。
このような突然の選挙は英語では “a snap election” (Prime minister Abe called a snap election in December.) と呼ばれています。この場合の snap は abrupt, sudden という意味です。
野党の人たちは慌てたことでしょう。11月16日の解散直後の記者会見で民主党の枝野幹事長は「早く選挙をやってしまって、残り4年分の人気を先取りするというのが安倍さんの計算だろう」(11月21日、日本外国特派員協会)と言っています。
この場合の「先取りする」はどういう意味でしょう。枝野さんの言わんとすることはわかるような気がしますが、英語ではなんといったらいいのか難しいところです。
「残り4年分」というのは選挙後の衆議院議員の任期を指します。しかし今後4年間安倍首相の人気がこのまま続くとは限りません。アベノミクスの成果を始め安倍さんの政策次第でしょう。そこでこの時点で選挙を打つ(英語では to call あるいは hold an election)ことによってそのあとの政治をやりやすくしたいということでしょうか。
「先取りする」というのは本来は次の例のように文字通り「先に取る」という意味だったはずです:「契約では利子先取りとなっている」(According to the agreement, you can receive interest in advance. )
それがだんだん意味拡張されて、「時代を先取りする」、「社会の変化を先取りする」というような抽象的な意味で使われることが多くなりました。こうなるとどうしても曖昧になります。
意味を分かるように伝えるためには、言葉だけではなく、コンテキストをよく考えなければなりません。政治の世界での用例をひとつあげてみましょう。
「先送りをやめて、先取りの政治をすることが必要だ。」
We should practice the politics of anticipation rather than of postponement.
安倍首相も「先取りの政治」をしようとしているのでしょうか。
それでは今回の課題は上の枝野幹事長の発言から、「残り4年分の人気を先取りする」です。
さあ、あなたならどう訳しますか?
第9回「凛とした」の訳例
前回書きましたように、「凛と」(副)の第一義は「寒さのきびしいさま」(広辞苑)です。そして「凛とした」は「きりっと引き締まった」、「涼しげな」という感じで主として人の顔つきや態度を示す形容詞です。
たまたま先日の夕刊(読売2014年12月24日)で私の好きな歌手、大月みやこが新曲を出すという記事が目に止まりました。
その中に、「凛として生きていく女性を歌う」とあります。歌の舞台は北海道です。寒くても負けないのですね。そこで
”to sing about a woman who lives with courage”
という英語を考えました。
”with pride”
でもいいかも知れません。
さて本題の「凛とした日本へ」。このスローガンの言いたい趣旨はなんでしょうか。
この政党の他の候補者のスローガンには「誇り高き日本を取り戻す」というのもありました。こうなるとよく分かりますね。”proud Japan” でしょうか。
それ以外に日本の前に付く形容詞としては honorable, respectable, noble, dignified, worthy, courageous などが頭に浮かびます。しかしもう一つピンとこないような気がします。 そこで、
”Toward Japan We Can Be Proud Of.”
としてみましょう。今の日本とは違う日本という意味で a Japan と冠詞がつくべきかも知れません。
しかし、日本のどんなところに誇りを持つのでしょう。今の日本ではダメなのでしょうか。平和と民主主義を享受してきた戦後の日本とは違う日本を目指すのでしょうか。
どんな日本を考えているのか、もう少し具体的に知りたいですね。
※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。