日本語にはそのままでは英語にしにくい慣用的な表現がたくさんあります。しかし通訳者・翻訳者はどんな日本語でも英語にしなければなりません。意味を探し、ぜひ英語の表現力を広げてください!
第9回は「凛とした」です。日本語でも、他の言葉で言い換えようとするとちょっと言葉に詰まってしまいますね。
第9回 凛とした
衆議院選挙がいよいよ近づきました。安倍首相の作戦が功を奏して、与党の圧勝が間違いないと言われています。
そんな中、新聞を見ていてある政党の大きな新聞広告が目に入りました。数人の候補者が写真入りで紹介されているのですが、そのうちのひとりが掲げているスローガンに「凛とした日本へ。き然とした政治を!」とあったのです。
この「凛とした」という形容詞は、ここ2,3年流行といっていいほどよく使われています。
私が最初に注目したのは「そんな努力も、凛として優雅な印象に寄与しているのでしょう」(読売2013年7月24日)という記事です。対象となっているのはIMF専務理事のクリスティーヌ・ラガルドさん、フランスの財務大臣も務め、世界で最も影響力のある女性の一人です。
彼女の写真を見るとたしかに優雅なだけでなく、キリっとしたいかにも仕事ができそうな感じです。英語で言えば dignified, distinguished, noble, striking などでしょうか。
対象となるのは女性とは限りません。「凛とした男の生き方」(PHP文庫)というタイトルの本があります。
この場合は、bold, brave, courageous, gallant などが当てはまるでしょう。manly でもいいと思いますが、これは女性には使えません。
さらに「凛として咲く花の如く」という歌もありました。花にもつくのです。と思ったら今度は国家が対象です。この言葉にはなにか魅力があるのですね。
辞書(広辞苑)を引くと「凛と」(副)の第一義として、「寒気のきびしいさま」とあります。漢和辞典を見てみても「凛」の意は「すずし」、「さむし」です。
要するに「凛とした」という形容詞は厳しい寒さや涼しさ、爽快さをあらわすのが原意なのです。そこから「キリっとして人目につく」というようないい意味に転化していったのでしょう。
ご存知のように英語の cool にも「かっこいい」(excellent, stylish, fashionable)といった意味があります。語感というのは面白いものですね。
さて今回の課題は「凛とした日本へ」としましょう。対象は日本という国家です。
さあ、あなたならどう訳しますか?
第8回「大変だ」の訳例
果たせるかな衆議院は21日に解散され、12月14日に選挙が行われることになりました。「アベノミクス解散」とか「我がまま解散」とか言われていますが、事実上の選挙戦がもう始まっています。政治家の人たちも大変ですね。と、「大変だ」を使ってみました。
このようにどんな状況でも使えるのが便利です。英語では、
“Being a politician is a tough job.”
はいかがでしょうか。
“Politicians are having a hard time.”
でもいいのではないかと思います。日本語文を英語にする時は何を主語にするかがいつも鍵ですね。
上の文で tough, hard という形容詞を使ったように、「大変だ(な)」は基本的には difficult, hard, tough, serious などで対処できます。名詞形を使えば trouble, challenge, problem, (a lot of)work などとなりますが、名詞を使うときはその前にどのような動詞を選ぶかに気をつける必要があります。
さて、今回の課題「今後相当引き締めないと大変だ」では主語を何にしましょうか。女性閣僚のダブル辞任がテーマですから、安倍首相か内閣かだと思いますが、話をより分かりやすくするために安倍首相を主語にしてみましょう。
“Unless Prime Minister Abe keeps a tight rein, he is going to have more troubles.”
が一案です。「引き締める」には「手綱を引き締める」という意味の “to keep a tight rein” を使いました。日本語の「ふんどしを締める」に近い英語の表現に “to tighten one’s belt” というのがありますが、これは経済的なコンテキストで使うのが普通のようです。英英辞典には “to live more frugally” とあります。
さあ、もうすぐ選挙です。安倍さんもこれからが大変でしょう。
※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。