日本語にはそのままでは英語にしにくい慣用的な表現がたくさんあります。しかし通訳者・翻訳者はどんな日本語でも英語にしなければなりません。意味を探し、ぜひ英語の表現力を広げてください!
第7回は「寄り添う」です。心に寄り添う時、どんな英語に訳せるでしょうか。
第7回 寄り添う
近頃、「寄り添う」という表現をしばしば目にするようになりました。「被災者の心に寄り添う」というのが典型的な例だと思います。
(肉体的に)寄り添う、という言い方はもちろん古くからあったのですが、この例のような精神的に「寄り添う」という使い方は比較的最近のものではないでしょうか。
2011年の東日本大震災で日本人の助け合いの精神が世界に称賛されるようになって以降、特によく使われるようになったように思います。
9月25日の国連総会での一般討論演説で安倍首相もこの表現を使いました。この時は安倍政権の基本方針である「女性が輝く社会」との関連です。彼は英語でスピーチしたのですが、公式の日本語訳を引用しますと、「日本は、世界中のそうした女性たちに寄り添う国でありたい。心に大きな傷を受けた女性たちの自立を世界中で応援し、支えていきたいと考えています」。
この文の前半のセンテンスは、英語では “Japan seeks to be a country that walks alongside such women throughout the world.” です。もちろん英語として問題はなく、国連総会の出席者もよくその意味が理解できたと思います。ただ安倍首相が使った walk alongside は「ぴったりとそばへ寄る」という「寄り添う」の原義(肉体的)に近い。これを英語にすれば move close to あるいは stay close to でしょう。
精神的な「寄り添う」はこの原義の比喩的な使い方です。こちらの方の英語訳を考えてみましょう。
名詞では empathy という語が頭に浮かびます。辞書には “to identify oneself mentally with ~ “ とありますから近いですね。動詞は empathize ですが、「寄り添う」の意味はなかなか複雑ですから一語だけで表すのはむつかしいかもしれません。
今回の課題は、福島第一原発の汚染土貯蔵施設の建設を巡って「最後は金目でしょ」と言って各方面から批判を浴び陳謝した石原前環境大臣に対して、佐藤福島県知事が述べた「住民に本当に寄り添い、誠心誠意対応して欲しい」にしましょう。
「住民に本当に寄り添う」とはどういう意味なのか、さあ、あなたならどう訳しますか?
第6回「片付く」の訳例
今回の用例は「娘がやっと片付いてほっとした」という定年退職した友人の発言でした。
娘さんを長年愛し、気遣ってきた父親の発言として、十分理解できます。この場合の「片付く」は、「結婚する」あるいは「嫁にゆく」という意味ですから、get married が普通です。
従って、
”I was greatly relieved that our daughter finally got married”
が標準訳でしょう。
しかし、これではストレート過ぎて微妙な父親の感情を示すニュアンスがでていないのではないか、というのが今回のポイントでした。
先回 marry の用法の一つとしてあげた marry off を使って、
” - - - that our daughter was finally married off”
も可能だと思いますが、marry off は “find a husband for” という意味ですからこの場合は必ずしも当てはまりません。
そこでひと工夫して、
“ - - - that our daughter had finally found someone”
はいかがですか。もやっとした言い方でなかなかいいのではないかと思います。
もう一つ、他動詞形の「片付ける」の本来の意味はdispose of, dispense with, eliminate, get rid of などです。娘さんについての上記の用例には当然この意味も入っています。そ
こで思い切って、
” - - - that we finally got rid of our daughter”
はどうでしょう。娘さんを対象にひどい言い方のようですが、イギリス人の友人に聞くと、にっこり笑って言いさえすればこれもあり、だそうです。親の感情に案外国境はないようですね。
※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。