日本語にはそのままでは英語にしにくい慣用的な表現がたくさんあります。しかし通訳者・翻訳者はどんな日本語でも英語にしなければなりません。意味を探し、ぜひ英語の表現力を広げてください!
第6回は「片付く」です。もちろん、「荷物が片付く」の片付くではありませんよ。
第6回 片付く
セクハラ野次騒動の結果、東京都議会に作られた「男女共同参画社会推進議員連盟」会長の自民党都議が「結婚したらどうだ、というのは僕だってプライベートでは言う」と発言してまた物議をかもしています。
結婚について女性に対してものを言うときにはよほど気をつけなければなりません。本音、建前を分けるのではなく、私たちは心から考えを変えなければならないと思います。
先日、ある会合で定年退職したビジネスマンの友人が近況報告のなかで「娘がやっと片付いてほっとしました」と言ったのを聞いて、私はオヤッと思いました。彼が言った「片付く」にはいろんな感情、いろんなニュアンスが入っているな、英語ではこれを何と表現したらいいのだろうと考えたのです。
「片付く」(他動詞では「片付ける」)のこの用法を和英辞典で引くと、”get married” とあります。意味はそのとおりです。通訳している場合でもこれが一番いい。これ以外の言い方はないのではないかと思います。特に同時通訳では細かいニュアンスまで考えている余裕はありません。
ちなみに、to marry は原則として他動詞です。ですから結婚して身分が独身ではなくなるという意味の「結婚する」は get married が普通です。marry を単独で使う場合は ”Would you marry me?” のように目的語を伴います。
と書いて思い出したのですが、英語には “marry off” という言い方があります。英英辞典には “find a wife or husband for” とあります。しかしこの表現が男性を対象に使われることはほとんどありません。
オンラインの Cambridge Dictionary には “She was married off to the local doctor by the age of 16” という用例が出ていました。なんだか「片付く」のニュアンスに近いですね。
「片付く」にはいろんな社会的、文化的背景が入っているようです。そんなニュアンスも含めて面白い英訳を考えて見ましょう。
「娘が片付いてほっとした」-さあ、あなたならどう訳しますか?
第5回「教養」の訳例
今回はある大学の車内広告から「知識より教養」というコピーを取り上げました。
ここでは「教養」が鍵です。ごく普通の日本語ですが、名詞形では対応する英語がなくいわば “untranslatable” なのです。それに広告コピーですからそれなりに記憶に残りやすい言い方にしなければなりません。「知識より教養」と名詞で揃えるか、あるいは形容詞または動詞で揃えてもいいでしょう。いずれにしてもリズムのある表現が望ましいと思います。
先回、「教養ある」という形容詞に cultured, well-educated, knowledgeable の3つの英語をあげました。「教養ある人」に対しては cultured が一番自然なのですが、この語は大学生のような若い人生経験の少ない人には適切ではないようです。
そこで後の2つを使って;
well-educated rather than knowledgeable
はどうでしょう。悪くはないですね。しかしなんとなく曖昧でピンとこない。 それでは名詞形を使ってみましょう。「教養」に対して wisdom はどうでしょう。 wisdom は普通「知恵」、「賢いこと」と訳されますが「教育」も当然入っています。
そこで;
wisdom rather than knowledge
あるいは;
wisdom rather than mere knowledge
はどうでしょう。この方がパンチがあるようです。
しかし「知識」は学問を旨とする大学生には何より必要なもの。これを軽んずるようなコピーには疑問を感じます。いつも学生に「君たちは知識が足りない」と言っていますから。
※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。