日本語にはそのままでは英語にしにくい慣用的な表現がたくさんあります。しかし通訳者・翻訳者はどんな日本語でも英語にしなければなりません。意味を探し、ぜひ英語の表現力を広げてください!
第5回は「教養」です。ともすると抽象的にも聞こえるこの言葉。どうアプローチしていくか、見ていきましょう。
第5回 教養
最近では大学も広告・宣伝に力を入れ始めたようです。車中の広告を見ると、マンション、ビールや化粧品と並んで、大学の広告が目立ちます。
先日も通勤途上の車中で、ふとある大学の広告が目に留まりました。見ると「知識より教養」とあります。言わんとするところは分かるような気がしますが、何でも英語にしたがる癖のある私は、このコピーを英訳しようとして「教養」という言葉に引っかかりました。
これまた私たちが何の疑問もなくいつも使っている言葉です。私が勤めている大学も国際教養大学です。この場合の「教養」は、アメリカが本場の “Liberal Arts College” の “liberal arts” にあたり、人文科学、自然科学、社会科学を含む基礎的な教育・研究を指します。アメリカには William College, Bryn Mawr College など多くの著名な Liberal Arts College があります。
これはいわば特殊な用例ですが、一般的にも「教養のある人」などと言います。英語では “a cultured person” でしょうか。”cultured” を辞書で引くと having refined taste and manners and a good education とあります。やはり教養に教育は欠かせません。したがって “a well-educated person” でもいいでしょう。
”a knowledgeable person” はどうでしょう。”knowledgeable” は辞書では well-informed; intelligent とあります。少し違いますね。「教養」の方がやや幅が広い感じです。この辺がこの広告の意図するところでしょう。
それでは「知識より教養」というこの大学の広告コピーをどう英語にしたらいいでしょう。原文は名詞(知識)と名詞(教養)との対比という形をとっています。それに拘らなくてもいいのですが、広告のコピーらしく覚えやすいように考えてみましょう。
「知識より教養」、あなたならどう訳しますか。
第4回「温度差」の訳例
前回の「ASEAN諸国には対中姿勢に温度差がある」の英訳の私案です。
「温度差」という言い方は国と国との間、社会のグループの間などいろんなコンテクストで使われます。ただ「差」があるのは「温度」ではありません。しかし前後関係から話し手(書き手)が何を言わんとしているかは大体想像がつきます。
課題としてあげた「ASEAN諸国には対中姿勢に温度差がある」についても「温度差」を直訳して;
There is a difference of temperature in the attitude toward China among ASEAN countries.
としてもほとんどの人にはこの文が何を意味しているかは分かると思います。苦しい時はこのように直訳してしまうのも手です。
しかし曖昧であることに変わりはない。そこで違う言い方を考えましょう。 まず、「温度差」という表現にこだわらずに;
ASEAN countries view China differently.
簡潔な言い方ですが、言わんとしていることはきちんと伝わります。私はこのように特定の表現にこだわらないシンプルな言い方が好きです。
あるいは;
ASEAN countries vary in how they approach China.
これもいい英語です。この方がジャーナリズム用にはいいかもしれません。いかがでしょうか。
※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。