訳者メッセージ
小林玲子さん
波乗り介助犬リコシェ 〜100万人の希望の波に乗って(辰巳出版)
一度は失格の烙印を押されてしまったリコシェが、波乗り介助犬(SURFice dog)として “自分らしく" 才能を発揮し、障害を持つ子どもや、心に深い傷を負った大人たち、そして、その家族や周りの人たちの心を癒していく…世界中のたくさんの人々の心を動かした、感動のノンフィクション。
グッド・ガール(小学館文庫)
有力者である判事の娘ミアが、25歳の誕生日の直前に誘拐された。彼女は3ヶ月後に無事帰宅するが、監禁中の記憶を無くしていた。娘の回復を願う母、事件を追う刑事、ミアを誘拐した男。誘拐前と誘拐後、2つの時間軸から三者三様の生々しい真実が語られ、やがて事件の真相は明らかになるかに見えたが…。
『波乗り介助犬リコシェ』について
今回運良く『波乗り介助犬リコシェ』(ノンフィクション)と『グッド・ガール』(フィクション/ミステリ)という、ジャンルの違う作品を立て続けに翻訳する機会に恵まれました。その中でフィクションとノンフィクションそれぞれ感じたことについて、少し書かせていただければと思います。
ノンフィクションはやはり「落ちこぼれ犬が波に乗った」「大事故から生還して一流大学に進学した」などのドラマが前提にあるので、忠実に訳していけばある程度インパクトのある作品に仕上がる、という点ではやりやすかったように思います。ただし著者のナマの感情や価値観が前面に出る分「いや、そう思っているのはあなた(著者)だけではないか」と疑問を持たざるを得ない箇所もあり、読者の感情とどう折り合いをつけるか迷ったこともありました。(これは別の本なのですが、「女性は子どもを産んで当たり前」と取れる一文があり、「今の社会の流れを考えるとそのまま訳出はできない」と担当者さんにお伝えしました)。
『グッド・ガール』について
フィクションに関しては「推進力のある訳文」とは何か、と考えることができたのが、今回挑戦してみての最大の収穫だったかもしれません。『グッド・ガール』を一旦訳し終えたところで「どうも文章がバラバラしていて読み進める気になれないな」と不満を覚えました。それはおそらく一文ずつを正確に訳するのに必死になって、ストーリー全体としての「うねり」を捉えきれず、推進力に欠ける訳文になっていたせいだと思います。
特にミステリの場合、読者は「この先どうなるのか」というスリルや期待感を持って読むので、訳文が立ち往生しているようではページをめくってもらうのは厳しいはずです。具体的な技術としては文章の長短を調節してリズムを作る、文章のつなぎ方を工夫する、章の最初や最後は少し大げさに訳する、などいろいろあると思います。もちろん、すべては原文を尊重しながらのことですが…。
月並みですが「理想の翻訳はどこまでも遠い」というのが2作品を訳しての私の感想です。受講生の皆さまが翻訳をされる際、少しでもご参考になりましたら幸いです。
小林玲子さん
プロフィール
学生時代に翻訳者養成コース総合翻訳(現:出版翻訳)を受講し、数年のブランクを経て2012年に復学、2014年春に修了。