同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第36回「体質」
今回の訳せそうで訳せない日本語は、「体質」です。
人以外にも、団体や業界などの性質や傾向について使われることの多いこの日本語、英語でどのように表現するのでしょうか?
日本語での使用例
(1) 彼女は生まれつき虚弱な体質だ。
(2) 私は体質的にお酒が飲めない。
(3) 数少ないが、政治家の中にも理想主義的な体質を持った人がいる。
(4)「国体」発言こそ、首相の危うい体質を国民に見せてくれたというべきだ。
(5) 自民党の金権体質は変わらない。
(6) 日本の証券業界の古い体質が槍玉にあげられた。
(7) 私は日本航空の会長に着任してすぐに、特にリーダー層の官僚的な体質を変えなければならないと感じておりました。
(8) 決して慢心することなく、今後とも経営体質の強化に全力を尽くしていきたいと考えております。
(9) これだけ不況が続いても、日本経済の黒字体質は変わらない。
訳例
(1) She was born with a weak constitution.
(2) I have very low tolerance for/resistance to alcohol.
(3) Even among politicians, there are a few people with an idealistic makeup.
(4) The “national polity” remark revealed to the nation a dangerous disposition of the Prime Minister.
(5) The LDP's inclination toward money politics has not changed.
(6) The outdated characteristics of the securities industry have been under fire.
(7) Immediately upon assuming the chairmanship of the Japan Air Lines, I realized that we had to change the bureaucratic frame of mind of the people at the management level.
(8) I’m determined to make further efforts to change management culture of the company without getting overly confident.
(9) Even in this prolonged recession, the tendency of the Japanese economy to produce a large trade surplus has not changed.
この語も政治や経済のコンテキストでしばしば使われ、私も通訳者としてその都度どのような英語表現にしたらいいか苦労した記憶がある。そのような例のほとんどは用例 (3) 以下の比喩的な用法だ。「体質」はもともと「身体の性質」(広辞苑)という人間の肉体的、生理的傾向を示す語だが、それが政党や企業、業界さらには国の持つ性質や傾向をも指すようになってきたわけだ。こうなってくると、他の比喩表現と同じように対象となる事柄やコンテキストによって対応する英語の表現を工夫しなければならない。用例に従って、人間、企業などの組織そして国を対象とする「体質」とその英語表現を見てゆこう。
用例 (1)、(2) は原義である人間の肉体的性質だ。この意味での一般的な英語訳は constitution だろう。constitution は、われわれには「憲法」という意味のほうがよく知られているが、英英辞典を見ると “a person's physical state as regards vitality, health, strength, etc.” という意味も確かにある。用例 (1) のような用法がその典型である。constitution を使わない言い方の例を用例 (2) に示した。ただこの場合でも “I don’t have the constitution for drinking (alcohol)” と constitution を使うこともできる。
同じ、人に関する「体質」でも、精神的あるいはイデオロギー的な意味を示すようになったのが、用例 (3)、(4) だ。このような例には makeup, disposition, temperament などが使える。用例 (4) はしばしば問題発言で話題になる森元首相についてだ。今は2020年東京オリンピック組織委員会会長という要職にあるが、スケートの浅田真央さんに関する不用意な発言で話題になったことは記憶に新しい。やはりそういう「体質」があるのだろう。この場合は disposition (気質、傾向) を使った。人間の性格や傾向が対象だからcharacter, nature, personality などのようなより一般的な表現も可能だろう。
用例 (5) ~ (9) では政党、企業、業界そして国へと対象が広がる。この場合には、constitution よりも「傾向」「性質」を意味する inclination, tendency, characteristics などが当てはまる。inclination は、用例 (5) のように、後に of ではなく to あるいは toward(s) が続くことに注意。to incline は「傾く」ことだから leaning も同様に使える。用例 (7)、(8) は日本を代表する日の丸企業でありながら、「官僚以上の官僚体質」といわれて倒産の危機に直面した日本航空を奇跡的に蘇らせた稲盛和夫氏のスピーチから取ったものだ。訳例 (7) では対象が人々 (the people) なので frame of mind を使った。「こころがけ」というような意味で mindset という語がよく使われるが、同じようなニュアンスだと思う。frame of mind とともに覚えておくと良い。用例 (8) では「経営体質」という微妙な表現が使われている。management に馴染む言葉はなんだろうと考えたが、直感的に culture としてみたがどうだろう。さらにより明確にするため of the company を付け加えた。「慢心する」にもいろいろな英訳がありうるが、ここでは overly confident を選んだ。
さて次は「国」である。用例 (9) は日本あるいは日本経済が対象だ。確かに日本経済は1970年代から90年代までいつも大幅な国際収支の黒字を記録していた。80年代の私の通訳活動の記憶の中で最も強いのは、日米貿易の大きな黒字をめぐる日米交渉でのアメリカ側の激しい攻撃だ。しかしこの傾向は21世紀になると円高などで変わり始め、2011年からはエネルギー資源の輸入増加のため日本の貿易収支は大きな赤字になってしまった。日本経済の「体質」は変わったのだろうか。英訳としては tendency が自然でいいと思う。
「体質」表現色々
"bent"
"character"
"characteristics"
"constitution"
"culture"
"disposition"
"frame of mind"
"inclination"
"leaning"
"makeup"
"mindset"
"nature"
"personality"
"predisposition"
"temperament"
"tendency"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「中途半端」です。
さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。