同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第35回「車の両輪」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「車の両輪」です。
この言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 実施部隊としての本部とそれを監視する委員会が、車の両輪として機能することが必要だ。
(2) 21世紀の世界は、市場経済と環境が車の両輪となって生きていくということだと思う。
(3) 戦後日本は経済発展に力を入れてきましたが、同時に精神的な面も必要です。この2つが車の両輪となっていかなければ長続きしません。
(4) 秘密の保護と情報の公開は車の両輪である。
(5) 経済界と政治が車の両輪となって日本経済を牽引する。
訳例
(1) It is necessary that the headquarters, which functions as an implementing agency, and the committee that oversees it should work closely together.
(2) In the 21st century, we need both market economy and environmental protection. You can’t have one without the other.
(3) Since the end of the war, the emphasis in Japan has been on economic progress. But at the same time, we need spiritual betterment. They must go hand in hand, otherwise a country will not endure.
(4) Protection of secrets and disclosure of information are an inseparable pair.
(5) Government and business should work together to lead the Japanese economy.
Frank Sinatra が歌ってヒットした曲に、Love and Marriage というのがある。歌詞は “Love and marriage, love and marriage, go together like a horse and carriage . . . you can't have one, you can’t have one without the other.” と続く。愛し合ったならば結婚すべきだ、この二つを分けてはいけないと言って love と marriage を horse と carriage に喩えている。馬と馬車は前後になっているから必ずしも「車の両輪」ではないが、「分けることができない」という意味では同じだろう。だからこの歌詞にある go together や (not) have one without the other は「車の両輪」に対応する英語表現として使える。
「車の両輪」という日本語の表現が使われ始めたのはかなり古いようで広辞苑には「鳥のつばさ、車のりょうわ」という「毛吹草」からとった用例がでている。「毛吹草」が編まれたのは江戸時代初期の1645年だから、車といえばまだ牛車の時代だ。牛車は輪は二つである。「互いに欠くことのできない二つのもの(こと)」という意味で「車の両輪」が日本語の表現として定着したのは、このような経緯があったものと思われる。しかし考えてみれば現代では車といえば4輪であろう。西部劇でよく見た馬車も4輪だ。だから西洋では「車の両輪」ではなくシナトラの歌のように “a horse and carriage” となるのだろう。
われわれ日本人はわりにこの表現が好きなようで、政治家や経済人の発言によく出てくる。ただ使用される意味範囲は限られていて、ここにあげた用例 (1) ~ (5) でほぼ尽きている。対応する英語表現としてもあまり多くのものを考える必要はない。訳例としてあげたもので十分だと思う。訳例 (1) では最も使いやすい work/act (closely) together をつかった。訳例 (2) は “Love and Marriage” からの借用だ。
用例 (3) は、TlME 誌に掲載された故 小渕首相とのインタビューからの引用である。元首相の日本語での「車の両輪」という表現が go hand in hand という英語に訳されたのだと思う。「手に手を取って」というわけで、これも使いやすい。用例 (4) は特定秘密保護法案が話題になった頃、テレビのニュース番組で耳にしたコメントである。「情報公開を怠っては危険だ」という意味で an inseparable pair も適切だと思う。用例 (5) は新しく経団連会長に就任した東レの榊原会長の記者会見での発言(2014年1月9日)である。これまた典型的な使い方だ。「経済界」は直訳すれば the business community だが、business だけの方が英語では自然だ。「牽引する」(「引っ張る」)は pull (forward) だが英語としてはこれまた lead が普通だろう。「牽引車(役)」という言い方では driving force がよく使われる。
「車の両輪」表現色々
"to go hand in hand"
"to go together"
"to have both A and B"
"to work closely together"
"an inseparable pair"
"to (not) have one without the other"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「体質」です。
さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。