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第34回「開き直る」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「開き直る」です。

この言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 英語を話すときは、開き直ったほうがいい。

(2) 今回は、負けて当たり前だと開き直った。

(3) インドネシア経済が悪化すると、スハルト大統領は西側の忠告を拒絶して、開き直った。

(4) その時、小渕政権の武器になったのは、開き直りだった。

(5) 小泉総理の言い訳は、開き直りだと思う。

訳例

(1) Don't be afraid when you speak English. Take chances.

(2) I was able to feel confident by thinking that it would be natural if I lost.

(3) As Indonesia's economy worsens, President Suharto turns defiant, rejecting the West's advice.

(4) By turning defiant, the Obuchi administration was able to get through the crisis.

(5) Prime Minister Koizumi's excuse shows his stubbornness.

 

「開き直る」は、おそらく、もっとも英語にしにくい日本語表現のひとつだろう。この言葉が出てくる度に、英語ではどう言ったらいいのだろうと頭を痛める。「開き直る」の一般的な意味は分かるのだが、具体的な用例を見るとこの表現がどういう行動、どういう心理を表しているのかがしばしば漠然としているのだ。

用例 (1) を見てみよう。この場合の「開き直る」はどのような行動をさしているのだろうか。英語を話すときは誰でも緊張するということはわかる。だからどうしたらいいというのだろう。推測するしかないが、おそらくは「間違ってもいいから思い切って話せ」という意味だろうと思う。確かに誤りを恐れて口ごもるより、間違ってもいいから思い切って話してみるほうがいい。そう思って英語にしてみたのが訳例 (1) である。ここでは念の為に don’t be afraid と take chances の二つの同じニュアンスの言葉を重ねている。Take a chance (chances) は「思い切ってやってみる」という意味だ。「英語は度胸」という言い方もあるが、同じような発想だろう。確かに英語を話すときは、過ちを恐れて遠慮するより開き直ったほうがいい。

ところでこの例は「開き直る」には珍しいポジティブな意味の用例である。広辞苑を見てみても、「開き直る」には原意である「足を開いて座り直す」の他には否定的な意味しか出ていない。用例 (2) も (1) に似た肯定的な使用例だ。これは2000年にボクシングWBA世界ライト級のチャンピオンになった畑山隆則さんがチャンピオン戦に勝ったときのコメントである。daring, bold, courage といった語が頭に浮かんだが、ここでは confident を使ってみた。

用例 (3) は、スハルト政権末期のインドネシアに関する TlME 誌の記事の一節に和訳をつけたものだ。西側はおそらく慎重な緊縮型の経済政策を忠告したのだろうが、大統領はむしろより積極的なアプローチを選んだのだろう。この turn defiant がちょうど「開き直る」に当たると言っていいと思う。最高の英語雑誌 TIME が使っているのだから、この turn defiant を「開き直る」の代表訳と考えていいのではないだろうか。turn は「直る」、「変わる」だし、defiant は「挑戦的」、「ふてぶてしい」で bold, daring と同義語だ。口語英語大辞典(朝日出版社)は shift to a defiant attitude としている。同じ意味だが turn defiant の方が使いやすいと思う。小渕政権に関する用例 (4) でもこの turn defiant を使った。

用例 (5) は、2006年8月、小泉元首相の靖国神社参拝問題についてのある有力野党政治家のコメントである。「開き直る」には「人の言うことを聞かない」「頑固な」という側面もあるので、stubborn を使ってみた。最近では「脱原発」を堂々と打ち出している小泉さんはいい意味で「開き直り」がよく似合う政治家だと思う。「開き直る」の新しい用例を探してみたが見つからなかった。最近の人は「開き直る」よりあきらめてしまうのだろうか。

「開き直る」表現色々

"assume a defiant attitude"

"not afraid"

"bold"

"disobedient"

"confident"

"daring"

"shift to a defiant attitude"

"stubborn"

"take a chance (chances)"

"turn defiant"

 

次回の表現

次回の訳せそうで訳せない日本語は、「車の両輪」です。

さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?

次回、お楽しみに!

 

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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