同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第33回「まとめる」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「まとめる」です。
この言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 彼は荷物をまとめて出ていった。
(2) 英語で話す前に、頭の中で考えをまとめる必要がある。
(3) 安倍首相への提言を受け、文部科学省内の検討チームが実施方法をまとめた。
(4) 法案をまとめるのには時聞がかかる。
(5) 最終報告を明日までにまとめなければならない。
(6) これからいろいろ調査して、目標のときまでにまとめていきたい。
(7) 知的財産はもっとも論点の多い分野で、まとめ上げるのは非常に難易度が高い。
訳例
(1) He put together/packed up his belongings and went out.
(2) Before you try to speak in English, you need to organize your thoughts.
(3) Based on the proposal submitted to Prime Minister Abe, the study team in the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology put together/produced plans for its implementation.
(4) It takes time to prepare a bill.
(5) We have to draft a final report by tomorrow.
(6) We shall make further studies and finalize it by the scheduled time.
(7) Intellectual property is the most controversial area and it is very difficult to reach an agreement.
この語もまたきわめて基本的な日本語の表現で、その意味も(少なくても日本語では)明瞭だ。ほとんどの人はこの語を見てもあまり考えることもなく行き過ぎるだろう。しかし英語にするとなると話は別だ。この欄の最後の「表現色々」を見ていただきたい。ここに挙げただけでも22の英語表現が考えられる。文豪 谷崎潤一郎は1934年に書いた「文章読本」のなかで、日本語の特色のひとつとして語彙が少ないことを挙げている。比較的幅広い意味をまとめて一言で言い表そうとする日本語と細かい意味の別れに対してひとつづつ別の言葉を用意する英語との違いがここにも表れているように思う。
「まとめる」は漢字では「纏める」と書く。とても難しく書ける人は少ないだろうが、「纏」は「纏足」などに使われる語で、「しばる」、「からむ」を意味する。これが「まとめる」の第一義だろう。英語にすれば、tie (up), join, put together などだ。用例 (1) はこの例である。文字通り(ばらばらのものを)まとめている。荷造りをするわけだから pack (up) でもいい。よく “Pack up and leave!” (荷物をまとめて出ていけ)などという。用例 (2) もばらばらのもの(考え)をまとめるのだが、この場合は organize one’s thought とするのが普通だ。put together でもいいだろう。用例 (3) は2020年度から英語教育を本格的に小学校に導入するにあたって文科省が用意した実施要領についての記事の引用(2013年10月23日、読売新聞)である。「まとめる」の意味が少しづつ prepare, produce の方に動いている。用例 (4) のような場合は prepare (a bill) が適切だろう。
用例 (5) は、「まとめる」の対象が report だから draft の動詞形を使った。prepare a draft という意味だ。用例 (6) は小渕内閣のときの官房長官の発言だが、「目標のとき」ともあるので「仕上げる」にあたる to finalize にしてみた。用例 (7) は、年内妥結を目指して交渉の最終段階に入っているTPP(環太平洋経済提携協定)についての日本の首席交渉官代理の発言だ。この場合の「まとめ上げる」は「関係国が合意に達する」という意味だから reach an agreement とした。動詞形を使えば (for countries concerned) to agree upon だろう。
このように「まとめる」は何でも包み込んでしまう風呂敷のようにいろんなものを対象にすることができるが、英語ではコンテキストにより「まとめる」の対象によって適切な動詞を選ばなければならない。下記の英語表現表がみなさんのボキャブラリーを増やす助けとなることを希望する。
「まとめる」表現色々
"to agree on/upon"
"to assemble"
"to boil down"
"to collect"
"to combine"
"to come to/reach an agreement"
"to compile"
"to complete"
"to coordinate"
"to draft"
"to finalize"
"to gather"
"to join"
"to organize"
"to pack (up)"
"to produce"
"to put together"
"to prepare"
"to reconcile"
"to settle"
"to tie (up)"
"to work out"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「開き直る」です。
さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。