hero image hero image

第26回「筋を通す」

今回の、「訳せそうで訳せない日本語」は、「筋を通す」です。

さてこの言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 政治では、筋を通すことが大事だ。

(2) 彼はすべてに目配りして気を使い、筋を通す。

(3) 彼は、あくまでも筋を通す人だ。

(4) 筋の通った要請ならいつでも聞く用意がある。

(5) その話は筋が通らない。

(6) この際、筋を通そうよ。間違っていないのだから。

訳例

(1) In politics, it is important to be consistent.

(2) He pays careful attention to everything and always honors his words.

(3-a) He is always uncompromising.
   -b) He always knows his own mind.

(4) We are always prepared to listen if your request is a reasonable one.

(5-a) That is not logical
   -b) That doesn't make sense.

(6) Let us stick to our guns. We know we are right.

 

「筋」は語源的には身体の「筋肉」あるいは筋肉の中を通る細かい線(きめ)を指したようだ。そこから「細く途切れずにつながっているもの」、そして「物事の道理」と意味が発展してゆく。「筋を通す」はこの意味の「筋」を使ったこれまた “metaphor” である。こう考えるとそれに対応する英語の表現としてはまず、to be consistent, to be reasonable が頭に浮かぶ。「筋を通す」の英訳はこの二つが基本といっていいだろう。あとはこの二つの語の同義語、あるいはコンテキストによってニュアンスが多少変わるのをどう表現するかだ。

用例 (1) はこの語の用例のスタンダードといっていいだろう。「筋を通す」はこのように政治の場で使われることが多い。政治家としては、なによりも「筋を通す」ことが大切なのだろう。くるくると言うことが変わるようでは、とても尊敬はされない。訳例では (1) のように基本である consistent を使っている。Consistent の同義語を Thesaurus で見てみると、dependable, steady, unchanging, unswerving などが出ている。これらはどれも訳例 (1) の consistent と置き換え可能である。

用例 (3) でも consistent あるいは上にあげた同義語でいいわけだが、ここでは少し強い「妥協しない」という意味の uncompromising を使ってみた (3-a)。このあたりが限界だろう。これ以上強くなるとunyielding(譲らない), stubborn (頑固な) になって、悪いニュアンスが強くなってくる。(3-b) の to know one’s own mind は「ぐらつかない」の意で、その反対の言い方に to be of two minds (曖昧な、ぶれる)がある。

用例 (2) は、自民党の名内閣官房長官と言われた青木幹夫氏についての同僚政治家のコメントだ。内閣のスポークスマンである官房長官はなによりも「筋を通す」ことが必要なのだろう。文字通り「言ったことは守る」という意味で to honor his words とした。

もう一つの代表的な英語表現 reasonable を使ったのが用例 (4) である。 Reasonable の同義語としては logical, rational, sensible などがある。訳例 (5-a) では logical, -b) では to make sense という動詞形を使った。これも reasonable と同じような意味で、日常会話でもよく使われる。訳例 (6) の to stick to one's guns はアメリカでよく使われるスラングで、英英辞典で見てみると to maintain one’s position under attack とある。苦しくても我慢して「筋を通す」という感じだろうか。

「筋を通す」表現色々

"coherent"

"consistent"

"logical"

"reasonable"

"to stick to one’s guns"

"true to one’s belief"

"uncompromising"

"to know one's own mind"

 

次回の表現

次回の訳せそうで訳せない日本語は、「迎合する」です。

「筋を通す」から、全く反対の態度を表すこの言葉。あなたならどう訳しますか?

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

profile avatar

小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

インターネット講座『通訳のための英語表現法』

インターネット講座「通訳のための英語表現法」

特別セミナー「通訳者・翻訳者への道」