同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第25回「覚悟する」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「覚悟する」です。
さてこの言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 安保理に入るなら、それなりの覚悟が必要だ。
(2) 経済情勢は厳しい。地方の建設業者はみんな覚悟している。
(3) 経済界として、日米関係のより一層の強化のために、努力を続ける覚悟です。
(4) 政治家として発言するときには、あらゆる批判を受ける覚悟が必要だ。
(5) それなりの覚悟がなければ、会社をやめることは危険だ。
(6) 情勢は厳しくなるから、覚悟したほうがいい。
訳例
(1) If you want to join the Security Council, you have to be prepared.
(2) The economic situation is difficult. Construction companies in rural areas are all resigned to it.
(3) We in private business are determined to continue our efforts for the further strengthening of the Japan-US relationship.
(4) When you speak out as a politician, you have to be aware that you will get all kinds of criticism.
(5) It is risky to quit the company. You had better have a firm resolve.
(6) You'd better brace up because things would get worse.
通訳では言葉を訳すのでなく意味を訳すべきだ ― これは通訳の基本として何度も強調されてきたことだ。この原則はセンテンスやパラグラフといったスピーチのより長い部分にも当てはまるが、単語(a word)の level についても言える。特に日本語と英語のように語源的な共通点がほとんどない言葉の間では、元の表現の意味を正確に知ることが必要だ。「覚悟する」も我々いつも使っているわけだから意味は分かっているはずだが、外国語に移す場合にはもう一度何を意味するのか、どういうニュアンスがあるかなど確認してみるとよい。
「覚悟する」は基本的に「知る」、「悟る」、「覚える」だから、英語では know, be aware, remember がまず思い浮かぶ。Know でもいいのだが、少し意味が弱い気がする。そこで aware (of/that ~ ) を使ったのが用例 (4) だ。もっとも know, remember でも悪くない。
この意味が少し強くなると be prepared (あるいは prepare oneself for ~ )、be determined となる。用例 (1) は、国連の安全保障理事会の常任理事国になることを指しているから、正式には to become a permanent member of the Security Council と言わなければならないが、「覚悟(する)」の英語表現としては 訳例 (1) の be prepared はぴったりだと思う。「覚悟する」の英訳を一つだけ挙げろといわれたら、be prepared だろう。Resolve も make up one’s mind という意味で、動詞形と名詞形がある。名詞として使ったのが訳例 (5) だ。「会社を辞める」というリスクの高い行為の結果なので、a firm resolve とより強くしている。訳例 (6) の brace up は「補強材」を意味する brace からきた口語的な表現で、「覚悟しろよ」などというくだけた言い方をするときに便利だ。
用例 (2) は、あるセミナーでの自民党議員の発言だ。「厳しい( 困難な) 状況を覚悟する」という意味で「あきらめる」、「観念する」というニュアンスがでてくる。訳例 (2) の resign だ。Resign は自動詞としては「(仕事などを)辞める」という意が多いが、用例 (2) のような場合は be resigned あるいは resign oneself to ~ とするのが普通だ。
これで「覚悟する」に当たる英語表現はほぼ出そろったと思う。Be aware から be prepared、be resigned まで少しづつニュアンスの違いはあるが、意味の流れとしては一貫している。この3つを中心として、ここにあげた表現を身に付ければ「覚悟する」に対しては万全だ。
「覚悟する」表現色々
"be aware"
"be ready"
"brace oneself for"
"brace up"
"determined"
"have a (firm) resolve"
"prepared"
"resigned"
"resolved"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「筋を通す」です。
政治の世界以外でも、任侠映画等でも耳にすることが多い気がしますが、この言葉、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。