同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第19回「大事(大切)にする」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「大事(大切)にする」です。
よく使ってはいるけれども、実は意味が意外にあいまいで訳しにくい言葉です。
あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 彼女と過ごした日々を大事にしています。
(2) ご両親を大切にしなさい。
(3) こういう時代だからこそ、テクノロジーをもっと大事にしなければならない。
(4) 日本のリーダーとして日米安保条約を大事にしたい。
(5) 自民党の中にも憲法の理念を大事にする人たちがたくさんいる。
(6) 日本語を大事にするから外国語を学ばないというのは根本的な誤りである。
(7) 日本人の持つ細やかな気配りといった文化を一層大事にすべきだ。
訳例
(1) I cherish the days I spent with her.
(2) Take good care of your parents.
(3) We should attach greater importance to technology particularly at the time like this.
(4) I, as one of the leaders of Japan, would honor the Japan-US Security Treaty.
(5) There are many among the members of the LDP who respect the ideals of our constitution.
(6) It is a fundamental fallacy to say that cherishing the Japanese language precludes studying other languages.
(7) We should make the most of our unique culture of paying delicate attention to things.
名詞形の「大事」と「大切」は少し意味が違うようだが、形容詞の「大事な」と「大切な」、あるいは「~にする」をつけた動詞として使い方ではこの二つの間にあまり違いがないようだから、ここでは「大事にする」を中心として話を進めたい。
ところで「大事(大切)な」は英語で何というだろうか。これは簡単で、だれでも “important” という語が頭に浮かぶだろう。同義語は significant, serious などであり、「重要な」、「影響力のある」というニュアンスが強い。もうひとつ似た意味の形容詞に “precious” がある。こちらは宝石などの「物」について使われることが多いが、人や態度などについても使われる。この場合は「愛情 (affection) 」という情緒的な要素が含まれる。同義語としては valuable, cherished などがある。「大事にする」という言い方にも微妙ではあるがこの二つの流れがあるようだ。
まず用例 (1), (2) のような日常的な言いかたから見てみよう。ともに情緒的な要素が見てとれる。英語としては cherish, value、あるいは 訳例 (2) の take (good) care of がいいだろう。Look after も使える。
用例 (3) は、本ブログでも何度か引用させていただいているソニーの故 盛田昭夫会長のスピーチの一節である。この場合は attach importance to を使ってみたが、value や cherish でも差支えない。用例 (4) は中曽根元首相の発言の一部だ。中曽根さんらしいはっきりした言い方だが対象が条約でもあり honor を使ってみた。 用例 (5) は今となっては遠い過去のように思えるが、自民党との連立政権の首相だった元社会党の村山富市氏のものだ。なかなか意味深長な言い方だが、to respect the ideals of はそのあたりをうまく処理していると思う。
用例 (6) は、英語第二公用語論を提案して話題になった故 小測首相による「21世紀日本の構想」懇談会の報告書から取ったもので、英訳も首相官邸による公式訳を借用させていただいた。用例 (7) は「日本企業復活の道は」という問いに対する漫画家弘兼憲史さんの発言である(読売新聞1月5日)。激しい国際競争の中で日本人の強みを生かす、という意味で make the most of としてみた。
「大事(大切)にする」表現色々
"to care for"
"to cherish"
"to have high regard for"
"to hold dear"
"to honor"
"to make the most of"
"to respect"
"to take (good) care of"
"to think/make much of"
"to treasure"
"to value"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「本格的な」です。
これまたよく使う言葉ですが、対象によって訳し分ける必要があるようです。
あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。