同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第16回「思い切った(思い切り)」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「思い切った(思い切り)」です。
選挙が近づいてくると、急に言うことが「思い切り」良くなったりする政治家の方が多くなる気がする昨今ですが、さてこの日本語、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 思い切って会社を辞めることにした。
(2) 休暇にはハワイへ行って思い切りゴルフがしたい。
(3) 私は思い切って彼女に愛を打ち明けた。
(4) 日本市場開放ということを思い切ってやる。
(5) 懸案を思い切って解決する。
(6) かなり思い切った案を作ったつもりです。
(7) 日銀は市場に対して思い切った資金供給を行なってきました。
(8) アメリカなどは、かなり思い切った経済構造の改革を実行している。
(9) 政府はインフレを抑えるために、公共料金の思い切った削減を実行した。
(10) デフレ脱却には従来の金融・財政政策の発想を超える思い切った政策が求められる。
訳例
(1) I made up my mind and quit the company.
(2) For vacation, I want to go to Hawaii and play golf to my heart’s content.
(3) I finally plucked up enough courage to confess my love to her.
(4) We are determined to open up the Japanese market.
(5) We should seek decisively to resolve pending problems
(6) We have drawn up a daring plan in my opinion.
(7) The Bank of Japan has provided a sizable amount of funds to the market.
(8) The U.S. has led other countries in achieving far-reaching reform of its economic structure.
(9) The government implemented sharp cuts in the utility rates to contain inflation.
(10) To overcome deflation, we need bold measures which go beyond traditional thinking about fiscal and monetary policies.
「思い切った」や「思い切り」の基本形である動詞の「思い切る」はおそらく「あきらめる」、「断念する」という「あきらめ」の念からきたものだと思う。辞書を見ても第1義はこれである。それが「思い切って ~ する」という形で一般的に使われるようになったようだ。従って動詞形では訳例 (1) のように to make up one’s mind, to decide が使える。訳例 (2) の to one’s heart’s content(心が満足するまで)はまさに「思いっ切り」にぴったりだ。覚えておくと便利だ。「思い切って」には勇気も含まれる。訳例 (3) がその例だ。「勇気を持って ~ する」は have the courage to ~ だが、用例 (3) のような場合の動詞は、上記以外にはgather, muster か summon が普通だ。この辺りの動詞の選び方(collocation)は英語の難しいところだ。
用例 (4)、(5) は一転して政治や経済といったマクロの分野での用例である。ここでは「不安や抵抗を抑えて大胆にやる」というニュアンスだ。まさに be determined to ~ であり、副詞を使えば decisively である。用例 (4) は少し古いが1980年代中ごろの中曽根元首相の発言だ。中曽根さんは小泉さんとともに「思い切って」政策を実行したリーダーの例だろう。最近の政治では、このような思い切った行動が見られないのがさびしい。
用例の後半部分は、「思い切った」という形容詞形として使われている例である。これにもふた通りあって原意である「大胆な」という意味を保っている場合(用例 6, 10)、この場合はbold や daring などが合う。もう一つはただ単に規模や範囲の大きさを表わす場合だ(用例 7, 8, 9 )。この場合は後にくる名詞によって金額などでは sizable, abundant, ample, lavish あるいは sharp (cut), 範囲の広さを示すときは far-reaching (reform) などが対応する。用例 (10) は「思い切った」政策を求める2012年11月22日の読売新聞社説からの引用である。
「思い切った(思い切り)」表現色々
"abundant"
"bold"
"daring"
"decide to"
"decisive"
"determined to"
"far-reaching"
"lavish"
"liberal"
"to make up one’s mind to"
"to pluck up courage to"
"radical"
"resolute"
"sizable"
"to one’s heart’s content"
次回の表現
次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「素直な(に)」です。
よく恋愛ドラマのタイトルや、ポップソングの歌詞等で、「素直に」なれなかったり、「素直な」ままでいたかったり、といった内容でも見かけることの多い気がするこの言葉。あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。