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第15回「どんどん」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「どんどん」です。

これもまた日本語らしい、擬音語と擬態語の2つの使われ方をする言葉です。あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 彼はどんどんとドアを叩いた。

(2)「ちえっ」とバーンズは言って、手の平で机をどんと叩いた。

(3) 世界の人口は比較的最近までは横ばいだったのが、1950年頃からきゅっと爆発的に増えだした。このままどんどん増えていくとどうなるか。

(4) キヤノンは非常にベンチャー的な会社ですから、どんどん仕事を拡張してそれで利益が落ちてきました。

(5) 今のように企業がどんどんどんどん大きくなっていくと、どうしても官僚機構的色彩が濃くなってまいります。

(6) 見るだけでTIME がどんどん分かる!

訳例

(1) He banged on the door.

(2) "Shit," Burns said, and he hit his desk hard with the palm of his hand.

(3) The world population remained stable until recently, but abruptly began to increase explosively from around 1950. What would happen if it continues to increase at this rate?

(4) Since Canon is very much a venture style company, we rapidly expanded our business, and our profits have declined as a result.

(5) If companies grow bigger and bigger as they do now,it is inevitable that their organization becomes bureaucratic.

(6) You can enjoy TIME immediately by looking at this!

 

日本語の特色の一つにいわゆる擬音 (声) 語・擬態語が多いことがあげられる。擬音語というのは「鐘がカーンと鳴る」のように実際の音や声を模した語で、擬態語は「ニヤニヤ笑う」のように聴覚以外の感覚的な印象を言葉で表そうとする語である。この二つを合わせて英語では onomatopoeia(オノマトピア)という。英語にもオノマトピア(特に擬音語)はあるが、ずっと数は少ない。バブル経済の bubble や boom はそうだし、コンピューターでよく使う click、同時通訳の一種である whisper も元々は擬音語だ。ただ音の感覚は民族によって違う。たとえば犬の鳴き声は日本語では「わんわん」だが、英語では bow-wow、猫は日本では「ニャオニャオ」と鳴き、英語圏では meow-meow と鳴く。擬態語になるとこの民族による感覚の違いはさらに大きい。オノマトピアを英語にする難しさはここにある。

今回取り上げる「どんどん」はその代表的なものだろう。正しくは「どんどんと」だが、接尾語の「と」を省いて「どんどん」だけで使われるのが普通だ。まず擬音語の「どんどん」については、訳例 (1)、(2) のように bang on, hit hard の二つがいいだろう。bang はこれ自体擬音語で、激しくたたく音や銃の発射音などを示すが、bang on として動詞形にも使われる。別の言い方をすれば hit it with a bang あるいは hit hard である。訳例 (2) はアメリカのミステリー作家 James Patterson のベストセラーから借用した。

上記のように、日本語の擬音語はほとんど副詞として作用するが、英語のオノマトピアは一般語彙化していて名詞あるいは動詞として使われることが多い。擬態語も同様である。したがって英語に訳す際も副詞という形にこだわることなく、その状況や様態を具体的に考えて、自由に表現するのが良い。同じ「どんどん」を、訳例 (3) では continue to ~、(4) では rapidly, (5) では (grow) bigger and bigger と多様な表現を使っていることに注目していただきたい。擬態語の特色の一つは感覚的、情緒的であることだ。だから、「感じは分かるけど、具体的にはどういう意味なんだろう」と思う場合が多い。用例 (6) はその例だ。これは毎週自宅に届く TIME 誌の封筒に出ていたネット版 TIME の広告だが、いまひとつ書き手の意図がはっきりしない。immediately としてみたが、simply, easily という意味もあるようだ。あの難しい TIME が「どんどん分かる」とは!

ところで、用例 (3) の「きゅっと」も擬態語だ。いかにも感覚的な表現で面白い。英語では訳例にあるように abruptly, suddenly などがこれにあたる。「かんかんに怒る」も同じような擬態語だが、英語では “He was very angry.” とか “He was furious.” で十分だろう。このように英語は擬態語を使う代わりに動詞や形容詞が多様で、それによっていろんな状態を使い分ける。「にこにこ笑う」(to smile)、「にやにや笑う」(to sneer)、「くすくす笑う」(to giggle)、「げらげら笑う」(to laugh boisterously) などの例は、日本語と英語の表現の仕方の違いをよく表わしている。
 

「どんどん」表現色々

"actively"

"aggressively"

"to bang [on] "

"to become increasingly ~"

"to continue to"

"easily"

"to get/grow bigger and bigger"

"to hit hard"

"immediately"

"more and more"

"on and on"

"quickly"

"rapidly"

"to slam [on]"

 

次回の表現

次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「思い切った(思い切り)」です。

大人しい日本人が意を決して行動する時に使われるこの言葉、あなたならどう訳しますか?

次回、お楽しみに!

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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