同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第13回「こだわる」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は「こだわる」です。
昔ながらの厳しい職人さんを思わせるようなこの言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
(1) 細かいことにこだわるな。
(2) そういうこだわり方というのはおかしい。
(3) 彼はスコアにはまったくこだわらない。
(4) いつまでも過去の過ちにこだわる必要はない。
(5) 日本の英語教育は文法にこだわりすぎる。
(6) こだわるというのは大切なことですよ。
(7) 新製品の素材の選択にこだわる。
(8) 彼女は料理の盛りつけにこだわる。
(9) 彼はいつも味にこだわる。
訳例
(1) Don't sweat the small stuff.
(2) It's wrong to cling to things that way.
(3) He doesn't bother with the score at all.
(4) You need not be concerned over a past mistake.
(5) English education in Japan emphasizes grammar too much.
(6) It is important to be uncompromising.
(7) We are careful in selecting the materials for new products.
(8) She is particular about how her meals are presented.
(9) He is quite an epicurean.
用例 (1) は、アメリカのべストセラー Don't Sweat the Small Stuff... and it’s all small stuff から取ったもので、sweat (汗) の動詞形 to sweat を to bother with, to worry about という意味に使っているめずらしい例だ。これは「気にしなくてもいいのに気にする」「拘泥する」という意味で、「こだわる」はもともとこのようなネガテイブな語のようだ。広辞苑(第6版 2008年発行)を見ると第1義は、さわる、ひっかかったりつかえたりする、で「脇差のつばが、わき腹へこだわって痛へのだ」という「東海道中膝栗毛」(1802-14)からの文例をあげている。このような用法から見ても「仔細なことに捉われる」というネガティブな意味が本来のものだろう。用例 (3)、(4) の to bother with, to worry about, to be concerned over あるいは to fret/fuss over/about, to be upset over/about など英語でもネガティブなニュアンスを持つ表現が対応する。
訳例 (2) の cling to は、stick to, hold on to とともに必ずしもネガティブではない「離れない」、「執着する」という意味で、これも使える。用例 (5) の「こだわる」もそれ自体ネガティブではない。ここでは emphasize を使った。To put emphasis on/uponでもいい。
ところが近年、用例 (6) ~ (9) のように良い意味の「こだわる」が盛んに使われるようになった。識者の間にはこういった「こだわる」の使い方は避けるべきだという意見もあるが、最近ではこのようなポジティブな用例の方を多く見かける。ひとつの流行語と言ってもいいだろう。名詞形の「こだわり」については、care, attention という表現が頭に浮かぶ。したがって、 to be careful in/about,to be particular about, to pay attention to などが当てはまる。用例 (6) は中曽根元首相の発言からの引用だ。何にこだわるかははっきりしないけれども、いい意味だとわかるので、uncompromising とした。用例 (9) の「味にこだわる」は、「美食家(epicurean)」と言い換えた idiomatic な用法で、“He is always particular about the taste. ” などと言うよりも適切だ。
「こだわる」という一つの日本語に対して、実に多様な英語表現があり得ることをお分かりいただけると思う。日常よく使われる言葉ほど微妙に違う多くの意味合いを持っている。上記の epicurean のように、原語の表現に捉われずに意味を考えコンテキストに応じて自由にそれらしい英語の表現を探すことが大切だ。
「こだわる」表現色々
"to bother with"
"careful in/about"
"to cling to"
"concerned over"
"discriminating"
"to emphasize"
"(an) epicur"
"to fret"
"to fuss"
"to hold on to"
"meticulous"
"particular about"
"to pay attention to"
"to stick to"
"to stress"
"to sweat"
"thorough"
"uncompromising"
"upset"
"to worry about"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「反省する」です。
なぜかこの国のニュースでは、やたら会見などで「反省する」姿を見ることが多い気がしますが、さてこの言葉。あなたなら、どう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。