同時通訳の第一人者である小松達也が教える、あいまいな日本語をスムーズで自然な英語に訳すコツ。
通訳者、翻訳者を目指す方だけでなく、英語をうまく話したいと思うすべての方の表現力アップに役立ててもらえたら幸いです。
第12回「だらしない」
今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「だらしない」です。
今回は、会議などの公の場での使われ方と、日常的な使われ方を並べて示しています。微妙な意味の幅の違いなどを見てみましょう。
日本語での使用例
(1) 彼は金遣いがだらしない。
(2) 彼はいつもだらしない格好をしている。
(3) 今の自民党は責任与党としてだらしがない。
(4) このごろは、業績が悪くなるとすぐ従業員の首を切るだらしない経営者が多くなった。
(5) 10年も英語をやっていて話せないなんてだらしない。
訳例
(1) He is sloppy with money.
(2) He is always unkempt/untidy.
He is always sloppy in his dress.
(3) I have to say the LDP lacks discipline as a responsible government party.
(4) We are seeing more and more irresponsible managers these days who lay off employees when profits are down.
(5) It's a pity not to be able to speak English after studying it for 10 years.
この欄で取り上げるような「慣用句」の英語表現を考えるときには、まず原語である日本語での意味、そしてできたら語源をよく知ることが役に立つ。それにはできるだけ大きな日本語の辞書を見てみるのがいい。もっとも通訳の時には辞書を見る暇などはない。だからこそこの「訳せそうで訳せない日本語」のような欄で勉強して、いざという時にさっと出るようにしておくわけだ。何事も準備なしにはうまくゆかない。
それでは「だらしない」を日本語の辞書で見てみよう。広辞苑を見てみると、「だらしない」の「だらし」は「しだら」がひっくり返ったものだとある。国語大辞典でも同じだから、「だらし」が「しだら」の倒語であることは間違いがなさそうだ。そこで「しだら」の項を見ると、「しまり」、「けじめ」という意味で、もともとはサンスクリット語の sutra からきたものではないか、という。Sutra といえば、仏教ではお釈迦様の教えを集めた経典のことだが、「秩序」という意味もあるらしい。そういえば日本語には「ふしだら」という言葉があり、これも「しだら」の否定で、用法は少し違うが意味的には「だらしない」と同じだ。
それでは以上をヒントに「だらしない」の英語訳を考えてみよう。「しだら」がないことだから、しまり、けじめ、秩序といった意味の否定である。用例 (1)、(2) のように個人の態度や服装などに使われることが多いが、このような日常的な用例には、sloppy が一番使いやすく使用範囲も広い。Sloppy のもとである slop は「ドロドロした液体」のことで、sloppy は「ぬかるんだ」、「滑りやすい」からより一般的に「だらしない」に対応する意味になった。同義語はいくつかあるが unkempt, unfitting は主として服装や髪に、untidy はもっと幅広く、untidy room, untidy plan などと使われる。他に careless, messy, disorderly なども状況に応じて使える。
(3) は自民党がまだ与党だった頃のやや古い用例だが、今の民主党にもそのまま当てはまりそうだ。ここでは文字通り「しまり」、「規律」がないことを指しているようなので to lack discipline としてみた。経営者についての用例 (4) では、responsible(責任感のある)を否定した irresponsible を使った。Unreliable もこれに近い。このように「だらしない」の意味にはかなり幅がある。用例 (5) は、また少しニュアンスが違う。「残念だ」、「情けない」という意味だから “it’s a pity” という英語の慣用表現を使ってみた。みなさんにはこの用例は当てはまらないだろうが。
「だらしない」表現色々
"careless"
"incompetent"
"irresponsible"
"(to) lack discipline"
"loose"
"messy/messed-up"
"(it’s) a pity"
"sloppy"
"untidy"
"unkempt"
"unreliable"
次回の表現
次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「こだわる」です。
『ものづくりの国・日本』とよく言われますが、良いものをつくることの根底には、やはり日本の「こだわり」があるような気がします。「こだわる」はまたネガティブな場面で使うこともありますね。
さて、この言葉。あなたならどのように訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。