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第13回 説明責任

政府は5月14日、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案を閣議決定しました。

我が国の平和憲法第9条の精神からは、これは大きな離脱であり変更のように思われます。しかし戦後70年、いわゆる「一国平和主義 (one-country pacifism)」がもはや妥当性を失っていることも確かでしょう。不安定な北東アジア情勢や我が国の安全にも影響を及ぼしかねない中東地域の危機などを考えると、安倍首相の言う「切れ目のない体制の整備(developing seamless defense capabilities)」というのもわからなくはありません。

しかし、この度の安保関連2法案は極めて複雑で分かりにくいと思います。これまでの「周辺事態(situations in areas surrounding Japan)」という地理的制約が取り払われているわけですから、自衛権の行使の限界がどこにあるのかもはっきりしません。安倍政権の安保政策をほぼ全面的に支持してきた読売新聞も「複雑な法案 政府に説明責任」という見出しのもとに「なぜ今、安保政策の大改革が必要なのかについて丁寧に説明を尽くすことが求められる」と書いています(5月15日)。

第13回 説明責任

そう、この「説明責任」という表現に引っかかったのです。このエッセーの目的は安保論議ではありません。英語論議であり、日本語論議です。

この「説明責任」という表現を目にするようになったのは、比較的最近のことです。80年代の終わりくらいではないかと思います。経営用語としてよく使われていた “accountability” の日本語訳として定着し、その後は主として政治的なコンテキストで使われるようになったと記憶しています。

しかし、”accountability” の意味するところは単に「説明する責任」ではなく、行為の結果に対する責任だと思います。今回の「日本の安保政策の歴史的転換」(仝、読売)という大事に対して、「説明責任」だけでは軽すぎる、と思ったのです。

どう翻訳するのかにもよりますが、“The government has the responsibility to fully explain ~ “ ではコンテキストとして不十分ではないでしょうか。

それで思い出したのが昨年「観劇会」をめぐる政治資金規正法違反で話題になった小渕優子さんの発言です。

彼女は経済産業大臣を辞めるとき「政治家としての説明責任を果たしていきたい」と述べています(4月29日、読売)。さあ、彼女は何を言わんとしたのでしょう。

そして、あなたならどう訳しますか?

「説明責任」訳例

今「説明責任」という奇妙な日本語が英語の “accountability” からきた比較的新しい表現であることは先に述べたとおりです。しかし日本語として定着してしまうと、ただ「説明する責任」= “responsibility to explain” となってしまいます。最近の最も重要な政治面の動きである「集団的自衛権」の問題でも、「政府に説明責任」と簡単に言われます。説明とは一方的な行為です。誰に「説明」するのでしょうか。そして私たちはどう反応したらいいのでしょうか。

そこで課題として小渕優子代議士の「政治家としての説明責任を果たしていきたい」(4月29日、読売新聞)という発言を取り上げました。群馬県の選挙区での政治資金規正法違反が不起訴になったことに対する彼女の反応です。不正の額は3億円を超えていました。彼女はこの時、「政治的道義的責任を痛感している」とも言っています。英語にすれば、”I am keenly aware of my political and moral responsibilities” でしょうか。この方がより深刻に聞こえますね。その結果何をするかは別の話ですが。

 さて課題の発言はどう英語にしたらいいでしょう。元の英語である “accountability” は使えないと思います。”I know I am accountable for this” では文字通り責任を取って議員を辞めるとかお金を返すとかいうことを意味するでしょうから。

そうすると

“As a politician, I know I have to fully explain”

でしょうか。非常に曖昧ですね。

また ” explain” の後に「~ について(about ~)」, 「誰に(to ~) が必要でしょう。それから explain にかかる副詞は fully 以外にもいろいろ考えられますね。adequately, carefully, clearly, properly などです。この際、小渕さんの立場に立って考えましょう。

”As a politician, I want to fully explain about this to the people”

ではどうでしょう。言葉としてははっきりしていますが、どうもこれでは逃げ切られそうですね。やはり「説明責任」という言い方に問題があります。政治家による曖昧な発言はある程度やむを得ませんが、少なくてもメディアはもっと明瞭な日本語の使用に気を配ってもらいたいと思います。

第12回「粛々と」の訳例

今回の課題は普天間飛行場の辺野古沿岸部への移転計画に関する「粛々と工事を進める」という菅官房長官の発言でした(3月23日)。

この「粛々と」という表現に対して翁長沖縄県知事が「上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れ、・ ・ 」と反発したこと(4月5日)はご存知のとおりです。事態の悪化を恐れた長官は「粛々と」の封印を表明せざるを得ませんでした(4月6日)。何気なく使われたこの言葉がなぜこのような事態を招いたのでしょうか。

 

前回も書きましたように、「粛々と」は反対や抵抗などの障害に面した時に政治家がよく使う “cliché”(決まり文句、常套句)です。”cliché” が政治問題を引き起こした有名な例があります。

1970年ワシントンを訪問した佐藤元首相がニクソン大統領との会談で述べた「善処します」です。この場合も国内事情を十分考えずに不用意に使った “cliché” が日米間の貿易摩擦の悪化に繋がりました。

”cliché” の使用には気をつけなければなりません。便利ですからつい使いがちです。しかし常套句は何度も使われているうちに意味が曖昧になってしまっています。それがために真意が伝わりにくいのです。安易に cliché に頼ることなく聞き手の立場をよく考えて、はっきり具体的に話す態度を私たちは身に付けなければなりません。

 

さて、課題の「粛々と工事を進める」はどう英語で表現しましょうか。「粛々と」は calmly, securely, solemnly, steadily などでしょうか、あるいはパラフレーズして as agreed to, as planned などがいいでしょうか。”without making a fuss” という言い方もありますが、口語的すぎてこの場合には合いません。

迷いますが「スッキリ」を選んで、

”We will carry out the construction work steadily.”

としましょう。

 

統一地方選挙が終わった4月27日、「粛々と」の新しい用例を見つけました。「同性パートナー条例」が成立した東京都渋谷区の新区長に当選した長谷部氏の「(条例は)既に成立しているので、粛々とすすめて行きたい」です。また cliché が使われましたね。この場合はどんな英訳が適切でしょうか。

 

※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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