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第1回 大筋合意

銀座の老舗寿司屋での晩餐会で始まったオバマ大統領の訪日が終わりました。尖閣諸島を含む安全保障問題とTPP(環太平洋パートナーシップ)協定が日米協議の二つの大きな課題だったのですが、TPPは画期的な試みで特に私は会談の成り行きに興味を持っていました。果たせるかな交渉は難航したようで、日米共同声明が出された日の夕刊には「日米TPP実質合意」(読売新聞)と「TPP日米合意見送り」(朝日新聞)という相矛盾した見出しが踊りました。

そこで共同声明の文面を見てみると、TPPに関する日米協議に関しては “Today we have identified a path forward on important bilateral TPP issues.” (本日、両国はTPPに関する2国間の重要な課題について前進する道筋を特定した) と書いてあるだけで、「合意」(agreement / accord)という言葉もなければ合意の具体的内容についても何も触れられていません。

握手

そこで「おかしいな」と思って翌日の関連する記事を見ていると、読売の見出しの「実質合意」とともに「大筋合意」という表現が何度も出てきました。日米がTPPについて「大筋合意」に達したという文脈です。なんでも英語に訳してみようとする癖のある私はこの「大筋合意」はなんと訳せばいいのだろうと首をひねりました。一体どんな合意だったのでしょうか。そもそも合意はあったのでしょうか。

共同声明には identified a path forward とありますから一歩前進には違いないでしょうが、何か政治的な意図を感じさせます。「実質合意」の「実質~」は substantive でしょうか  substantial でしょうか。

英字新聞には両方の例が見られましたが、私は substantive の方がいいように思います。substantial というと「かなり内容のある」、「重要な」という意味になります。そんな中身のある合意だったとは思われません。それでは「大筋合意」とはどんな合意だったのでしょうか。政治家は物をはっきりいうことをためらう傾向があります。特に物事がうまくゆかなかったときはそうです。今回はアメリカ側の関税削減の強い要求に日本側がウンと言わなかったようですね。

さてこの「大筋合意」、あなたならなんと訳しますか?

※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

インターネット講座「通訳のための英語表現法」

特別セミナー「通訳者・翻訳者への道」